そしてススキノへ

 私が好きなのは本、そして歌である。本屋でバイトをした私は、訳あって大学を中退し札幌に向かう。そこで今度はススキノのカラオケ屋でバイトを始めた。時給700円ほど。

 ススキノ、夜の街。しかし私がやっていたのは午前中から夕方までの時間帯である。客層も若い。私は部屋を掃除し、注文が入ればドリンクや料理を運び、会計をした。カラオケが好きなこととカラオケ屋で働くこととは別のことだ。だって自分が歌うことはないのだから。この頃の私にはまだ好きなことと、それを仕事にすることの線引きがよくわかっていなかった。

 客層は若い。高校生くらいのグループが来て、100パーセントのオレンジジュースを5つ頼む。「100パーセントのですか?100円のですか?」と一応確認する。紛らわしいことに100円のジュースも売っていたのだ。客は「100パーセントの」と言う。けれど実際帰りに揉めることになる。「店員が100円って言いました!」と言われる。私は怒られる。不本意だった。

 先輩店員の会話は下世話だったし、そこそこ意地悪だった。何とか仲良くなろうと話を合わせるが、ついに心を開くことはなかった。そんな中、1人で厨房業務をやっていた女性だけが心温かい人に思えた。お昼休憩の時に「なんでも好きなもの選んでいいよ」と言って、私はメニューの中から食べたいものを選んだ。厨房でその人が作ってくれたご飯を食べる時だけが唯一の救いだった。どんなに敵に囲まれていても理解者が一人でもいるだけで少し楽になれる。そんなことを初めて思った。

 しかし、ミスをするたびに先輩店員たちから距離を置かれ、話すこともままならなくなる。だんだんとバイトに行く気分にもなれず、数週間でやめてしまった。街がギラギラするのを見ることなくススキノからの撤退。給料は振り込まれることはなかった。