8月の自転車

 真夏の東京。都心から電車で西に30分の街。暑く湿った空気に包まれ、肌がジリジリと焼かれるような毎日。道産子の私にはなかなかしんどい季節である。2010年の8月、私は訪問介護ヘルパーとして自転車で街を走り回っていた。市内を端から端まで移動することもたまにある。急いで走っても片道40分はかかる。休憩はほぼ無かった。移動している時が精神的な休憩とも言えるかもしれない。

 仕事内容は、多岐にわたる。頼まれたものをスーパーに買いに行き、少し掃除をして終わるような仕事もあれば、料理を作ることもあるし、食事介助や入浴介助だったり、オムツ交換だったり。ただ在宅の仕事なので生活支援がメインで、いわゆる介護技術はあまり必要が無かったので経験のない介護下手な私でもできた。仕事は楽しい。喜んでもらえることが嬉しいし、工夫してうまくいくようになるとやりがいも感じられる。訪問すればするほど給料ももらえるし時間数によってはボーナスが支払われることもある。しかし、何が大変って、雨の日も風の日もそりゃあもちろん台風でも炎天下でも自転車で走り回ることだった。雨合羽を着ていても顔には雨風がバシバシ当たる。制服のポロシャツを通して太陽の熱に焼かれていくのを感じる。

 その日、東京は37度の猛暑だった。私はいつものように自転車で走り続け次々に利用者さんの自宅へと向かっていた。90代女性の買い物支援と掃除機がけ、トイレ掃除風呂掃除を終え、一旦事務所に戻ろうとしていた。暑さで疲れ果て頭がガンガンと痛み、ふらふらとしてきた。なんとなく危険を察知し、不意に見えた駐車場の自販機で500mlのスポーツドリンク1本を買ってまずは一気飲み、そしてウーロン茶を買ってそれも飲み干した。少しすると冷たい水分が体を巡るような気がした。汗が背中をつたう。生き返る。もしかすると私は熱中症1歩手前で引き返すことができたのかもしれなかった。とりつかれたように働いて、充実して楽しかったけれど身の危険を感じたその日のことをたまにふと思い出す。