22歳の英国

 22歳の誕生日、私はイギリスに居た。3ヶ月間ホームステイさせてもらったソールズベリーというロンドンから電車で2時間のイギリス南西部の小さな町だった。毎日イギリスの庭や景色を眺められる夢のような日々だった。朝起きるとホストマザーが「ハッピーバースデイ!」と言ってケーキをもたせてくれた。私は語学学校にそれを持って行き、みんなで食べた。いろんな国から来た人たちがお昼休みに歌ってお祝いをしてくれ、しきりに写真を撮った。1997年のことだ。

 あの学校の裏庭の芝生。青空、レンガの建物、心地よい風、濃く出したミルクティー。何もかもが幸せすぎて私は怖いものがなかった。イギリスを列車で旅してまわり、スコーンとクロテッドクリームを食べては紅茶を飲み、フィッシュアンドチップスもあちこちで食べた。車窓から見えるのは菜の花畑、そして野うさぎがぴょんぴょんと跳ね回る姿、大聖堂。今思い出しても色鮮やかですぐにでも触れられそうな気がする。いつでもここに戻って来られる、そんな風に感じていた。

 スコットランドのひんやりとした空気とエディンバラの街並みが好きだった。ロンドンは都会でそれほど惹かれなかったけれど、ビッグベンを見た時にはイギリスにいるという実感がこみ上げてきて興奮した。そして私が好きだったのはオックスフォード。大学の中に町があり、歴史ある建築物の荘厳さに息を飲んだ。

 辛い時、いつも心の中の英国が私を支えてくれている。あの頃の幸福感はずっと消えない。私は今でもたまにホームステイ先でも毎日飲んでいた大衆紅茶を買って飲んでは思いを馳せている。人生において夢のように幸福だった時期は確かにある。けれども、そういう日々も続けば日常になってしまうのも分かっている。だからそうと気づいたら瞬間を楽しむ以外にないのだと思う。