マチネの終わりに

1月23日(土)

日記。日付をいれずに昼間にメモ程度に書いた。

その後、「マチネの終わりに」を観た。福山雅治石田ゆり子の。平野啓一郎の小説はよく読んでいるのだが、気になりつつも何故か読まずにいたのだった。切なくなりそうって思っていたのかもしれない。実際、映画は切なくも美しく、その純粋性に涙した。こんなことって…と現実離れした感覚と共に、もしかしたらこんな恋愛をしている大人もいるのかもしれないと思った。それは客観視したら、誰かを裏切って、とかそんなふうに思われるような行動だとしても、当人同士にとっては、とてつもなく切実で人生をかけた恋、なのかもしれないと。

何だか、恋愛の切なさを思い出した。その痛みと尊さを思った。そして、恋愛による麻痺した感覚でしかこの世界を生き延びれなかった自分を思った。むしろ恋愛が死を思わせるくらいの重みを持った日々のことも思い出した。

わたしは、何だか随分と遠くまで来てしまった気がした。その全てから切り離され、苦しくてもいいから、という気持ちや、抑えきれない感情というものを忘れてしまった。あらゆる場面で諦めることが得意になってしまっていたなと思った。

生きる時間が長くなるほど、制約が増えるし、責任も生じる。我慢や諦めも。

だけど。

これでいいのかな。本当に。自分は間違っているのかもしれない。間違っているのだろう。でも、どうやって修正していっていいのかすらわからない。