新しくなれる季節

 春が好きだ。子供の頃、教科書やノートが新しくなるたびに気持ちを入れ替えて頑張ろうと思った。もちろん長くは続かない。けれど、毎回自分まで新しい人間に生まれ変われるような気持ちになっていた。思えば「リセット願望」というものなのかもしれない。次こそはと思い、またうまくいかない。でもやっぱり期待をして新しい自分になりたいと思う。

 私は北海道で生まれ育った。北海道の冬は長く寒い。雪が降り、街を全て覆い隠す。真っ白になりいろんなことは消えて無くなるようだった。雪が溶けて来る春は、私のリセット願望をくすぐったのかもしれない。

 新しくなれる季節。

 春といえば思い出す風景がある。私は大学を辞め、専門学校に入学した2回目の学生生活で、そして札幌に居た。ある春の日曜日、高校時代からの友達と中央図書館に行くことにした。広くてゆっくりできる空間。その中でお互い自由に本を読み、気になることをメモし、時間を過ごし、決められた集合時間に地下にある喫茶店で待ち合わせた。そこでお茶を飲み、何をしていたか話した。

 よく晴れた日だった。図書館を出て歩くと、気温が上がったせいで雪が溶けて水になり排水口へと流れていた。靴が濡れないようにそれをまたいで歩きながら、イタリアンレストランへと向かった。そこはログハウスみたいで、そして広い空間のお店だった。当時二十歳の私たちよりもう少し大人が来るようなところだった。ひんやりとした空気、真っ青な空、仲の良い友達と図書館の帰りに手長海老のトマトクリームパスタ。

 これから始まる日々が楽しくなると信じて疑わないその心が幸せな風景を作っていったのだと思う。あの頃は怖くなかったし嫌な思いもしなかった。活動的でいい加減。悪く言えば調子に乗っていた。しかし20年以上経った今思うのはその心持ちで生きることの楽しさだ。

 『夜と霧』の著者であるフランクル強制収容所での日々の中で体感したこと、どんなに過酷な環境で様々なものを奪われても、心の中だけは自由だというあの感覚、それを思う時、私は環境に過剰に影響されず自分の心を楽しくさせておかなければと思うのだった。それは二十歳の頃の札幌の風景のようなものを心に住まわせておくことだ。どんなに寒い冬も必ず春になる。雪解けにワクワクし、そして新しい自分に期待をすること。何度自分に裏切られたとしてもまた信じてしまうあの感覚を忘れないでおきたい。